8.26公開『君の名は。』新海誠監督インタビュー最終回/強烈な「ロマンチック・ラブ」に憧れがあるんだと思います...
『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』など、男女の心を繊細に映し出す作品を生み出し、国際的にも注目される新海誠監督。最終回の今回は、新海誠監督の世界観、それを生み出したものについて詳しく伺います!
■本当に強烈な「ロマンチック・ラブ」に憧れがあるんでしょうね
――商業デビュー作の『ほしのこえ』の頃からずっと「男女のすれ違い」が新海節だと思われますが、そういう設定を好まれるのはなぜ?
うーん、それが難しいんですよね。たぶん単純に好きなんだと思います。その「好き」の理由を探して行けば見つかると思うんですけど、なぜそれを好きかと説明することって、やっぱり難しいんですよね。例えば「なぜお米が好きなんですか?」と聞かれても、それは日本はお米の国だし…といったようなもので(笑)。
――そうですよね(笑)。でも、そういう遺伝子レベルで好きだということ?
男女のすれ違いというか、何だろう、入れ替え可能な関係性ではなくて、本当に「ロマンチック・ラブ」と言えてしまうようなもの。自分にはこの相手1人だけで、どのような溝があったとしてもこの相手とは繋がることができるんだということに、やっぱり憧れがあるんだと思います。
実際の僕の生活はもちろん違いますし、多くの人はなかなかそこまでピュアではないと思いますけれども。
色んな人と繋がるし、色んな人から色んなものを貰って、結婚していても色んな事があってというのが普通の人生だと思うんですけど、それでもやっぱり、強烈なロマンチック・ラブというものに憧れがあるんでしょうね(笑)。そういうものが好きなんだと思います。
そしてそれをフィクションで描くことで、力を貰える人がいることを信じているからだと思います。せめてより良く生きようとか、より純粋に生きようとか、そう思わせる力が、そういう物語にはあると思うんですよね。
――なるほど~。その「力がある」という部分では、この作品がアニメというフィクション感の強いものだからという点もあると思います。例えば入れ替わる三葉と瀧は高校生だけど、物語では大きな事柄に立ち向かう力を持っている。
そうですね、彼らが「入れ替わる」というのはやっぱり何かのメタファーで、単純に離れた2人の出会いはSNSでも良かったわけですけど、それを入れ替わりにするというのは、男女の出会いの形を少し「ファンタジー」に寄せて描いているだけで、僕達の気持ちを普通に投影することができる出来事だと思うんですよ。で、彼らは超能力があるわけではなく、知恵を絞って大きな出来事に立ち向かうわけです。
――その等身大な感覚も親近感がわいて、感情移入できました。
公開前なので詳しくは話せませんが(笑)、そして最終的には、子供たちだけでなんとかなることではなく、大人にも頼まなければならない出来事なんだと判断する。そのあたりの、現実の社会と繋げないと解決できないといったリアリティの部分は、ギリギリのところで手をかけ続けている作品なんですね。だからファンタジーと現実との「地続き感」を感じてもらえるとしたらうれしいですね。
■新海誠監督オススメのSF作品は?
――2002年に発表された『ほしのこえ』から14年が経ちますが、その時から自分の「時代観」に変化はありますか? 例えば自分と時代との関係性など。
自分と時代との関係性で言うと、時代と近くなったとか離れたとかいう距離感はあまり感じないですね(笑)。ただ、2002年から日本の社会は本当に大きく変わりましたし、そこで生きている日本人も当然大きく変わったと思いますよ。作る映画も当然変わってきますし。
もちろん、何だかんだで本質は変わらないところはあるのかもしれないですけど。例えば自分自身がどうしてもテーマにしてしまうロマンチック・ラブみたいなところは変わらないのかもしれませんが、もはや2002年とは同じ気分で映画は作れないし、同じ気分では映画は観られないと思いますね。ちょっと漠然とした話ですけど。
――いえ、漠然としているからこそ、ますます新海監督の世界観を知りたくなります。そこで教えていただきたいのですが、監督はレイ・ブラッドベリなどの古典SFがお好きだという噂を聞きましたが。
いえ、レイ・ブラッドベリの名前は挙げたことはないですけど、(アイザック・)アシモフとか(ロバート・A・)ハインラインとか(アーサー・C・)クラークとかあのへんは好きでしたね。
――監督のそういうバックボーンも知りたいファンのために、SF作品のオススメを教えてください!
今回の作品との関連で言うと、まずアーサー・C・クラークの『都市と星』という作品があります。少年が遠い世界に憧れて星の世界に旅立つというお話で、僕が上京した時の気分に重なる所もあるし。
あと、コニー・ウィリスの『航路』は僕が文庫版の帯を書いているんですけど、抜群に面白いSFです。昏睡状態にある人が夢の中で色んな事を見てその意味を探る、みたいな話なんですよね。
――2作目の『雲のむこう、約束の場所』にも繋がりを感じますね。
そうですね。今回の『君の名は。』の、夢の中で何か大事なことを知るということとも繋がると思いますし、僕はこの『航路』を読んでいなければ、『君の名は。』も少し形は変わっていたと思います。
――そこまで監督に楔(くさび)を残した作品なんですね。
あともう1つ、グレッグ・イーガンという作家がいてですね、何冊も出していて、年々難解になっていくんですけど(笑)。
――ありますよね~そういうSF!
最近の作品はもう人間が主人公ですらなくて、どこに感情移入していいのか分かんないようなSFを書いているんですけど(笑)、ただ、彼の初期の作品というのは、わりと並行世界、並行宇宙のようなものをモチーフにしていることが多いんですよね。
「あり得たかもしれない自分」とか「こうではなかったかもしれない自分」、あるいは「災害などがなかったかもしれない日本」という言い方もできますけど、そういう並行世界的な想像力に貫かれた作品を初期の頃は書いていて、中でも短編集『祈りの海』に収録されている「貸金庫」という物語は、毎日、違う人になる話なので、少し影響があるかと思います。
――ありがとうございます! 最後に、『君の名は。』は誰もが楽しめるような作品ですが、一番観て欲しい人はいますか?
うーん、具体的な個人がいるわけではないですね。
――もしかして、過去に好きだった女性とか?
ああ、そういえば先日NHKの『おはよう日本』という番組に出た時は、若い頃にお付き合いしていた人からメールを頂きましたが(笑)。
――おおっ、時空を越えたラブメールですか!?
いえいえ(笑)。ただ、「一番観てほしい人」と聞かれて今、ぼんやりと思い浮かんだのは、夜、自分の勉強机に向かっていて、でも勉強していない中学生。男子でも女子でもいいですね。暗い窓の外をぼんやり眺めている中学生の男の子か女の子。勉強しなきゃいけないのに始められないし、明日は学校があるし、好きな相手は自分に振り向いてくれないし…っていう気分でいる人かな。
――実はそんな気分って、中学生でなくても抱く気持ちかもしれませんね…。そんな切なさを内包する大人にもぴったりな映画だと思います。ありがとうございました!
【新海誠監督インタビュー(全4回)】
(1)「僕たちは可能性の直前にいる」それを全力で語れるような作品にしたいと思ったんです
(2)RADWIMPS/野田洋次郎さんに脚本をお渡しして3、4ヶ月後に「前前前世」が上がってきたんです
(3)『君の名は。』には、日本のアニメーションの文脈が豊かに含まれている
(4)強烈な「ロマンチック・ラブ」に憧れがあるんだと思います…
■『君の名は。』公開情報
2016年8月26日 全国ロードショー
原作・脚本・監督:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子