幽霊の夫に寄りそう妻の旅路『岸辺の旅』黒沢清監督(1/4)

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死んだ夫によりそう妻。夫婦が辿る心の旅はどこへ向かうのか?
映画『岸辺の旅』黒沢清監督インタビュー

2008年『トウキョウソナタ』で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞を受賞した黒沢清監督。その手腕は海外でも評価が高く「もう一人のクロサワ」とも言われています。そんな黒沢清監督が手がけた最新作が10月1日(木)から公開される『岸辺の旅』。

 

作家・湯本香樹実さんの同名小説が原作の今作は…3年の失踪の後、幽霊となって帰って来た夫と、ずっと夫の帰りを待っていた妻が、共に旅をする中でお互いの愛を確認していくという不思議な物語。第68回カンヌ映画祭「ある視点部門」で監督賞を受賞している注目作。まずは、作品の見どころについて、監督の死生観とともにお聞きしました。

 

 

死んだ夫と妻が共に未来に向かって進んでいくところがユニーク

ーーー今作は小説が原作となっていますが、あらためて、なぜこの作品を映画化しようと思ったのですか?

作品に感銘を受けたということが大きいです。正直、死んだ誰かが戻ってくるという設定はよくあると思うんです。でも、そういう作品って、過去に戻ってその人が生きているうちに解決しちゃうというものが多いと思うんですけど、この作品のユニークなところは、死んだ夫と妻が共に未来に向かって進んでいくというところだと思いますね。

 

ーーー普通死んだ人は過去の存在になりますが、それが未来へ進むというのは不思議な感じがしますね

過去に戻るっていう手法も決してダメではないんですけど、映画ではあまり面白くないんですよね。お客さんは、物語の先がどうなるのかを楽しみに見るので、過去に戻っても、それまであった事の説明にしかならないんです。

 

ーーーたしかにあまりドキドキ感は出ないですね

ただ、この『岸辺の旅』では、死んだ夫と妻が共にどういう未来を築けるのか? 生きている者と死んでいる者とが、お互いの境目を乗り越えていくという、奇想天外ではあるけども、前向きな勇気を持てる気がしました。

 

 

死んだら何も無くなってしまうという考えはちょっと乱暴

ーーーホラー映画でも評価を得ている黒沢監督ですが、ご自身は、人間は死ぬとどうなると思いますか?

う~ん、そこはまだ死んだことがないので、さっぱりわからないけど…でも、死んだら何も無くなってしまうというのはちょっと乱暴で、想像力に欠けてしまう気がします。そう結論づけちゃうのは簡単ですけど、要は何も考えてないってことですよね。そこで、幽霊という存在を仮定してみると、死んだ後も人間は何かになっているって可能性が広がるわけです。それが恐ろしいモノならホラー映画になるし、いろんな幽霊の在りようを考えるってことは、死んだらどうなるのかというのを模索するのと同じなんですよね。

 

ーーーそれぞれの人が考える幽霊像もいろいろありそうですね

だから結局、僕がどうなるかってことをはっきり言えるわけじゃないけど、死んだらどうなるのかっていうのは、人々が考える幽霊の在りようによって、いろんな可能性があるのではないかと思います。

 

ーーーこの作品に出てくる幽霊は、いわゆる“うらめしや~”というドロドロしたものとは違って、生きている人間にかなり近い雰囲気で描かれていますね

そうですね。これまでのホラー映画などでも、生きている俳優を使って幽霊を演じてもらうというのは通してやって来たんですけど、そんなに不自然さを感じないことは実証済みだったので、そこはあまり躊躇なくできました。

 

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©2015「岸辺の旅」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

 

幽霊は靴を履いているか?

ーーー生きている人間に近い雰囲気で現れる幽霊。演出で迷うことはなかったんですか?

なかったですね。おそらく、初めて幽霊を扱う作品を撮る人だと、いろいろ迷ったと思います。幽霊なのに足があってもいいのかなとか、半透明にしなきゃいけないのかなとか、白い服を着てないとマズイかなとか。でも大丈夫なんです。この作品では、俳優にごく普通に演じてもらって、実は幽霊ですということを思いっきりやらせてもらいました。

 

ーーー幽霊役の浅野忠信さんには足があって、最初に登場するシーンでは家の中なのに靴を履いていました

靴をめぐる二人のやりとりは実は原作にはないオリジナルのところで、幽霊描写の典型だと言っていいでしょう。浅野さんが何の前触れもなく、突然家の中に現れるという時点で、妻役の深津さんからすれば、夫はもう幽霊なんだと認識する。ただそのシーンで注意すべきは…突然家に現れる幽霊って靴を履いているものなのか履いていないのか? ここが考えどころだったわけです。わかりますかね?

 

ーーーどうすればリアルな幽霊になるかってことですね

もし西洋が舞台なら何の迷いもなく靴を履かせればいいので悩まなくて済むんですけど、日本ですからね(笑)。もし脱いでいるとしたら、靴はどこにあるのか? 玄関にあるのか? …そう考えたら、ここは履いたまま現れた方が自然かなと思って靴を履かせました。

 

ーーー靴を履いて現れた幽霊の夫に対する深津さんも“リアルな妻っぽい”反応してますよね

そうです。ここで妻はまず、夫に対して「靴脱ぎなさいよ!」って注意するんです。おそらく内心では、突然現れた夫に多少の怖さも感じてると思うんです。でも、家の中にいるのに靴を履いているってことの方が気になるから、まずは「脱ぎなさいよ」と。それがリアルかなと。

 

ーーーそのやりとりだけで、夫は幽霊なんだけど、夫婦の関係は世間一般と変わらないという世界観が一発でわかりますね

 

(2/4)『岸辺の旅』黒沢清監督 伝説のギャグ誕生秘話

(3/4)『岸辺の旅』黒沢清監督 巧妙なフィクションの定義とは?

(4/4)『岸辺の旅』黒沢清監督戦争映画を撮ってみたい

 

■「岸辺の旅」公開情報

*20015年10月1日(木)〜 テアトル新宿ほか全国ロードショー

*第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門監督賞受賞!

監督:黒沢清

脚本:宇治田隆史

出演:深津絵里、浅野忠信、小松政夫、蒼井優、柄本明、村岡希美、奥貫薫、赤堀雅秋、首藤康之

公式サイト:http://kishibenotabi.com

「岸辺の旅」予告篇

 

 

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