『散歩する侵略者』奪われたくない「概念」は何ですか?
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
—今回のキャストは、黒沢監督にとってみなさん初顔合わせの方ですが…撮影されてみて、いかがでしたか?
黒沢
長澤さんは薄々わかってはいたんですが、この人はほんと上手い人なんですよ。ただあまりに華やかで、美人すぎちゃって、普通の街の中に立っているとなんか違和感がある。それは彼女の長所でもあり弱点でもある。ある種日常性をあまり感じさせない。ただご本人はそれをよーくわかっていて、泥臭いっていうか、華やかさをかなぐり捨てたような芝居を平気でやれるんです。今後楽しみですね。年をとっていくとその上手さが全面に出てくるような女優になっていくんだろうなと思いました。
松田さんは雰囲気で適当に芝居をされるのかと思ったら大間違いでした。ちゃんと考えて、なんともニュートラルな芝居をされるんです。まったくスタンダードで、その分どうとでもとれるような芝居をちゃんと考えてやってらっしゃったんだとびっくりしました。もうちょっとクセのある感じになるのかなと思ったら何のクセもないよこの人っていう、今できたての人間みたいという感じで驚きました。
長谷川さんは、僕にとってはびっくりするほど馴染みやすい人だったです。映画好きな人で、今回初めてお会いしたんですけど、撮影中にいろいろおしゃべりもしていました。僕、少なくとも撮影現場では、俳優と打ち解けるってことまずないんです。俳優と監督は、やはりある種の距離を取っておく必要があると思っていまして。ただ、長谷川さんには通じませんでした。極めて特異で個性的な俳優ですが、一方で、こんなノーマルな普通の人である俳優って初めて出会ったなという印象です。これ、褒め言葉なんですけど、ほんとに普通に話ができる人でした。
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
—前川さんは、キャストのみなさんに対してどのような印象を?
前川
松田さんの真治がすごくおもしろかったです。撮影現場へ行ったとき、真夏の暑い日だったんですが…松田さんがテントの下で椅子に座って、やや猫背でアイスクリームを食べていたんです。虚空をみながらアイスを食べているから、まんま真治だ! って思いました。それが衝撃で。飄々としているわけじゃないんですけど、不思議な存在なんですよね。そのまんま歩き方とかも含めて。
監督
いかにも松田さんですね。いちおう現場で、役になりきろうとしてらっしゃるんだと思います。設定を理屈で考え出すとこれ大変な役ですからね。たぶん悩んじゃうんですけど、そこはある程度考えてよしこんな感じで行こうってフィーリングを決めたら、あとはだいたいそのまま現場にいて、僕の判断に委ねてくれる。本当に助かります。僕の方から、こう演じてくれと理屈だって説明することもできませんので。
—本作では、人間の“概念”が重要なカギになっています。そこで最後、おふたりにとって、奪われたくない概念、奪われても良い概念について伺いたいのですが…
前川
奪われたくないもの言うってちょっと恥ずかしくないですか?
黒沢
まあちょっと恥ずかしいですね。なんか…美味しいとかそういう概念を奪われたら嫌かな。…でも、概念とはいわないですね。感覚だから。
前川
僕も概念じゃないですけど、煩悩みたいなものを奪ってくれたらいいなと思います。でも奪われたら、ひょっとしたら面白くなくなるかもしれないし、創作意欲がなくなるかもしれない。
黒沢
ありえますね。ほんとに嫉妬ってなんかこうイジイジと人のことが気になって、いくつになってもなんかね。恥ずかしい限りです。なくなったらいいなとか思いますけど、なくなった瞬間、映画なんか撮る気がしなくなるかもしれませんね。撮ってもまったく詰まらない映画になるかも(笑)。
前川
絶対ネガティブな部分と繋がっている感じはしますよね。
【編集後記】
最後の“概念”に関する問答は、映画を観たあとに小説を読み返すと、さらに深く理解できる作品『散歩する侵略者』。黒沢流エンターテインメント、あなたはどう観る?
小説「散歩する侵略者」
【監督 黒沢清 × 原作 前川知大インタビュー(全4回) 】
(1)原作にない侵略シーンを映像化したい!
(2)黒沢清監督は原作のどこに惹かれたのか?
(3)監督 黒沢清 × 原作 前川知大が共感する笑いのメソッド
(4)奪われたくない「概念」は何ですか?
『散歩する侵略者』公開情報
2017年9月9日(土)新宿ピカデリー他にて全国公開
監督:黒沢清
原作:前川知大「散歩する侵略」
脚本:田中幸子 黒沢清
出演:長澤まさみ、松田龍平、高杉真宙、恒松祐里、長谷川博己
公式HP:http://sanpo-movie.jp