爬虫類の肌のような独特の質感『愚行録』石川監督インタビュー(全4回)

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閑静な住宅街で起こった一家惨殺事件。未解決のまま一年が過ぎ、週刊誌記者の田中(妻夫木 聡)があらためて取材した関係者の証言から、「理想の家族」と思われた一家の実像が浮かび上がる――。第135回直木賞候補にも選ばれた貫井徳郎の傑作ミステリー「愚行録」を映画化するのは、今作が長編デビューとなる石川慶監督。ポーランド国立映画大学で演出を学び、数多くの短編を手掛けてきたという異色の経歴を持つ石川監督に、原作との出会いをまずはお聞きしました。

 

じつはこの『愚行録』の構成、これまで短編映画を多く手掛けてきた石川監督の方法論と、相性がいいものだったのだとか。

 

■テレビをザッピングするような要素が、最後にぐっとまとまってくる世界観

――まずは作品を撮ることになった経緯を教えてください。

もともとはプロデューサーの加倉井誠人さんと、別の企画をやろうという話をしていたんです。いろいろな理由でそれは難しくなったのですが、せっかくだから一緒に何か作りましょうという話になり、原作を探していたんです。

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ただ、そもそも僕はミステリー小説をあまり読む方ではないんです。ミステリーには“仕掛け”みたいなものがいっぱいあって、そういうものを面白いと思えるかどうかが大事だと思うんですけど、それまで読んでいた原作には、プロットの“点”はあるけど全体のストーリーが感じられるものが少なかった。ピンと来るものがなく、あまり性に合わないのかなと思っていたところに、加倉井さんから『愚行録』の原作をすすめられたんです。

 

 

――それで読んでみた『愚行録』の原作に見出した面白さとは、どんなところですか?

ミステリーというよりも、ひとつひとつのディテールがすごく面白くて、なおかついくつかのチャプターに分かれている。映画化をしやすいか、しにくいか、は置いておいても、テレビをザッピングするような感覚の要素がいろいろあって、最後にぐっと世界観がまとまってくる。

 

こういう形式だったら、いい短編を4本~5本撮って…という感覚なのかと。僕はずっと短編を作ってきたのもあったので、そういうテクニカルな意味では、自分の引き出しの中で勝負ができる作品なのかなと感じました。その短編がどう絡むのかは、すべてこの本にあると思いましたし。

 

――監督にとっては初の長編作品ですね。

そうですね。自信がなかったわけではないのですが、やはり初めての長編だったので、自分の引き出しの中でできるという“勝算”があると思うと、すごく安心できた部分はあります。逆にその安心感があったからこそ、いろんなチャレンジができましたね。

 

 

■爬虫類の肌を触るような独特な質感がある

――そのチャレンジの部分で言うと、この作品を撮る上では「誰も泣かない映画」にすると決めていたそうですね?

それは、この原作に感じたすごく良い部分なんです。湿ったウェットな雰囲気というよりも、どこかドライで、ちょっと爬虫類の肌を触るような独特な質感がある。それを考えると、たとえば最後に涙を流しながら罪を告白して、観客も「ああ、許しちゃおうかな」というものとは、どう考えても違うなと。

 

そういう話ではなく、もっと容赦のない話になるはずだという思いがあったので、向井康介さんに脚本をお願いしました。僕はもともと向井さんの書く脚本が好きで大ファンなんですけど、向井さんの持つちょっと乾いた感覚が、この『愚行録』という原作の映画化に向いているんじゃないかと思ったんです。

 

――人間の多面性やつじつまの合わなさをそのまま形にしたような、複雑な登場人物が多いですね。

その辺が今回のチャレンジでもあるんです。この原作にはストーリーはちゃんとあるから、大筋は観客には受け取ってもらえるという安心感はありましたし。キャラクターをひとりひとり作っていく上で、なるべく表面的なものにしないようにと思っていました。

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――そのキャラクター作りはどのように進めましたか? 人間の持つ良い面、悪い面がある中で、光の当て方を変える感じでしょうか?

「悪い奴」だという受け取り方ができるキャラクターは、なるべくその人のいい面を探したり、また、「悪そうな人」ほど「良さそうな人」をキャスティングしてみました(笑)。

 

――良い人そうに見える登場人物でも「そういえば、こういうタイプって腹黒いところもあるな」と、実体験を思い起こさせるようなリアルさもありました。

キャラクターの“嫌な部分”を出すって、じつはそんなに難しいことじゃないんですよね。嫌な感じの芝居ができるキャスティングをして、嫌な感じの演出をして、嫌な感じの編集や音楽を付けて…と、そういう手法ってあるとは思うんですよ。でもこの『愚行録』は、一面的に誰かが悪いという話ではない。この人も悪いかもしれないけど、でもこの人も悪かったよねと、どこに怒りをぶつけていいか分からない部分がある。その中で、「この人が100%悪い」という人物が登場したら、いろんな部分が破綻するなと思いました。

 

最終的に目指したのは、最後に「悪いのはこの人でしょ!」と差した指が、なんとなく自分のほうに向いてる…、という感じですかね。

 

――確かに話が進むにつれて、自分の中の善と悪の価値観が揺らいでいく感覚がありました。まさに監督の術中にハマったのかもしれません!

すみません、なんかいやらしい感じで(笑)。

『愚行録』石川慶 監督インタビュー(全4回)】
(1)爬虫類の肌のような独特の質感『愚行録』石川監督インタビュー
(2)撮影監督に外国人を起用した理由 『愚行録』監督インタビュー
(3)記者のリアルを習得!妻夫木 聡さんの役作り
(4)満島ひかりが作り上げた「光子」像は救いになった

 

『愚行録』公開情報

2017年2月18日(土)全国公開

原作:貫井徳郎「愚行録」(創元推理文庫刊)

監督・編集:石川 慶

出演:妻夫木 聡 満島ひかり 小出恵介 臼田あさ美 市川由衣 松本若菜 中村倫也 眞島秀和 濱田マリ 平田満 他

公式HP:http://gukoroku.jp/

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