妻夫木聡が『怒り』で魅せた怪演
東京で大手通信会社に勤める藤田優馬は、新宿で出会った直人と一緒に暮らすことになる。しかしある報道をきっかけに彼に対する疑いが生まれ――。藤田優馬を演じたのは、『悪人』でも名演を見せた妻夫木聡さん。「怒り」でも、その「藤田優馬」がこれまで社会で経験してきたことまで伝わるような見事な役作りでした。
■あのキャラクターが生きてきた上で「貼り付いているもの」とは何か
――藤田優馬役の妻夫木聡さんですが、今回は彼の方から「この作品に出たい」とラブコールがあったのだとか?
そうですね。
――妻夫木さんは前作『悪人』では善良で弱さを内包する人物でしたが、今回の藤田優馬役は打って変わって同性愛者です。そういう役作りについては指示されましたか?
いや、まずは同性愛者としての説得力をどう纏うかなんで、そこに関してはある程度は任せつつリハーサルを繰り返しながら確認してという感じでしたね。同性愛者というのはもう大前提ですから。それだけじゃなくて、その上で、ですよね。その上であの藤田優馬というキャラクターが生きてきて「貼り付いているもの」が何なのかという。
――同居する恋人・大西直人に疑いを持ってしまうシーンでは、その「貼り付いているもの」を感じました!
(あのシーンは)ちっちゃい男でしたね(笑)。
――真に迫る演技でした! あの行為によって、優馬が今まで薄氷を踏むように社会的な立場を積み上げてきたんだと伝わり同情を感じましたが、現実には社会とはそういうものなんですよね…。
きっと彼の中には、常にそういう怯えがどこか貼り付いていたというか、だからこそ、表に見せる顔には自信を漲らせなければならない。虚勢ですよね。
――オープンにして堂々と生きている振りですね。先日、同性愛カップルに話を聞く機会があったのですが、悪気はなくても傷つく言葉をかけてくる人は多く、学校の先生ですら無自覚に思い込みのひどい言葉を投げかけてくると言っていました。彼もそういうものにさらされていたのかと…。
彼の人生は、彼を違うものとして見る周囲の目や無理解にさらされてきた。でも、それはたぶんなくならないんですよね。偏見や差別はいけないし、「人と人とは違う」っていうことが当たり前なんだって、実は誰もが頭で分かっていることなんですけど、人はやっぱりそうはなれない。
それは自分に対してもですが、常に言い聞かせ続けないと、「違う」ということで排除するということが、人の根っこに備わっているんでしょうね。
■人は誰でも、たやすく偏見や悪意に飲み込まれてしまう
――でも優馬は前向きなキャラクターで、直人と「一緒にお墓に入る?」と軽いながらも話を持ちかけてみるシーンでは、その前向きさに明るい希望が持てました。監督もそういうことは思われますか? 人の無理解はなくならないとおっしゃいましたが…。
なくならないけど、その都度その都度伝えていかないと…。何もキレイ事を言おうとしているわけじゃないんですよ。ただ、作り続けないと、どこかで発信し続けないと、その偏見や悪意に飲み込まれてしまうんで。
全部きれいになくすってことじゃなくて、自分自身も含めて悪意や偏見に流されずに立ち止まるために、映画であったり小説というのは作り続けなければいけないんだと思います。
――その「悪意に飲み込まれる」というのは、監督ご自身がという意味ですか?
誰でもです。たやすくそうなりますからね。
――そういう社会的使命も感じていらっしゃるんでしょうか?
映画が「使命」になっちゃうと面白くないんです。映画は感情に届かないといけないので。ただ、もしそれが観ている人に実感として届くとしたら、間違いなく多くの人が同じように思っているからだと思うんですね。
人々の中に共通して、自分にも悪意や偏見に流されそうな心があるけどそれに染まってはいけないなとどこかで思う気持ちが、ギリギリ残されているから、こういう映画が現れた時に反応すると思うんですね。
――性善説みたいなものですか?
破壊衝動みたいなものも含めて、両方あるのが人間ですから。ただ放っとくと悪意や増悪は連鎖して育ちますから。やはり対極の意識に働きかけていくことがどこかで必要だと思うし、自分がそうしたいんでしょうね。
妻夫木聡演じる優馬を通して、李監督の映画制作への思いが伝わるお話が聞けた今回のインタビュー。次回は最終回! 映画では「疑われる側」を演じたキャストについて伺います。
【李相日監督インタビュー(全4回)】
(1)宮﨑あおいが見せないけれど持っているモノとは?
(2)「怒り」李監督が広瀬すずに厳しかった理由
(3)妻夫木聡が『怒り』で魅せた怪演
(4)殺人犯を疑われる3人がそれぞれに抱える『怒り』
■『怒り』公開情報
2016年9月17日 全国ロードショー
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、
広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、
宮﨑あおい、妻夫木聡
音楽:坂本龍一
主題歌:坂本龍一 feat.2CELLOS