『3月のライオン』は向田邦子作品のような魅力がある 『3月のライオン』大友啓史監督インタビュー
連載中ということもあり、この物語のラストは誰も知りません。原作者の羽海野チカさんが考えていたラストとそこに至るエピソードのいくつかを受け取った大友監督は、羽海野さんと何度かやり取りをしながら、映画『3月のライオン』をひとつの新しい物語として再構築しています。
ファンの多い原作を映画化するにあたり、監督が何より大切にしたのは、監督が最初に感じた『3月のライオン』の豊かさを映画にすること。大友監督の映画哲学が垣間見えるインタビュー最終回です。
■魅力的な原作を映画化するにあたり大切にしたのは、最初に受けた「豊かな」印象
-大友監督はこれまでも、人気の高い原作をうまく映画化されてきています。そういう原作ファンのニーズって、どうやって感じ取る事ができるんでしょう?
基本的には原作ファンのニーズのために作っているわけではないんです。結局、マンガと映画はまったく別物だから、原作ファンの方だけ見て作ったり、似せようと思えば思うほど絶対に失敗すると思うんですよ。
今回の『3月のライオン』について言えば、羽海野チカさんの作った作品は、それが漫画であるか小説であるかに関わらず、すごく魅力的な原作です。この「物語」を作り、この「キャラクター」たちを生みだし、それをご自身で作画している羽海野さんは本当にすごいと、正直そう思いましたね。僕は最初に原作を読んだ時に、向田邦子さんのドラマのような魅力のある原作だと思って。
-その魅力とは?
家族を描いているんだけど甘ったるい話ではなく、実は家族というのは身近な他人であって、いろんな秘密を抱えていて…といった部分で。向田邦子さんのドラマでは、例えば、愛する夫の死後に、夫がずっと愛し続けていた女性がいたことを奥さんが知っちゃうとか、そういったすごく残酷な話を豊かに描くのが巧いんですよね。人生の機微にわたって会話も含めて洒落ているし、小道具のディテールとか食卓も賑やかだし、そういう向田邦子ドラマのタッチを感じたんですよね。
だから、漫画をそのまま焼き映すのではなくて、僕が『3月のライオン』で感じた向田邦子ドラマのような「印象」を作品にするということが、すごく大事だったんです。
-なるほど。大友監督が感じた「豊かさ」を大切にしたということですね。
それで言うと、キャラクターを似せようとか原作に何かを寄せようとかいうよりも、準備としては、とにかく早く原作を「卒業」しなきゃということですね。だから、脚本を作る段階では、原作を何十回読んだか分からないぐらい読み込んではいるんですけど、もうその後は今に至るまで、一切開いてないですね。
-「卒業」できるまで読み込み、原作とは別物である映画として、再構築していったと。
物語としては基本的に、孤独な少年が将棋を通して成長していく姿を描いている。そしてその周りにはすごく魅力的な人たちがいて、その人達との出会いが、それは棋士であるなしにかかわらず、零の成長にすごく影響を与えているという物語なんですよね。
だからそこをちゃんと描けば、原作からどんどん離れていけばいくほど、一周して勝手に原作に戻ってくるというのが、僕のいつものやり方なんですよ。だから、似せようとはまったく思ってない。本質さえ捉えて作っていけば、最終的に絶対に間違わないので、原作ファンも楽しんでくれる作品になるだろうと。
-確かに、原作をまったく知らなくても面白い作品になっています。
原作を読んでいないお客さん、初めて観る人たちが、1本の映画として楽しめるっていうこと。そこがいちばん大事なことだと思います。やっぱり映画は、真っ白な気持ちで見て欲しいんですよ。
-では最後に、これから映画を観る読者に一言お願いします!
本当に間口が広い作品になったと思います。もちろん勝負の世界の話ではある。でもそれだけじゃなくて、いろんな豊かなキャラクターもいるし、たとえば四季の移り変わりとか川本家の食卓の豊かさとか、全体的になんとなく、向田邦子さんの豊かな物語というのを意識して、映画を作ったんですよね。
零と同じぐらいの年頃の今「青春期」にある人も、かつて青春期があり、それを忘れかけている大人たちも、あの頃の豊かさみたいなものに触れられるような映画を作ったつもりなので、ぜひ劇場の大画面で楽しんでいただきたいですね。
【『3月のライオン』大友啓史監督インタビュー(全4回)】
(1)幼い頃からプロだった神木隆之介だからハマる役
(2)思った以上にうまく行った染谷将太演じる二海堂
(3)有村架純が演じることで膨らむ原作イメージがある
(4)『3月のライオン』は向田邦子作品のような魅力がある
『3月のライオン』公開情報
【前編】 3月18日(土)【後編】 4月22日(土)2部作・全国ロードショー
監督:大友啓史
原作:羽海野チカ『3月のライオン』(白泉社刊・ヤングアニマル連載)
出演:神木隆之介 有村架純 倉科カナ 染谷将太 清原果耶 佐々木蔵之介 加瀬亮 伊勢谷友介 前田吟 高橋一生 岩松了 斉木しげる 中村倫也 尾上寛之 奥野瑛太 甲本雅裕 新津ちせ 板谷由夏 伊藤英明/豊川悦司