殺人犯を疑われる3人がそれぞれに抱える『怒り』
手配写真が公開され、人々の胸に浮かんだ容疑者は3人。優馬(妻夫木聡)が新宿で出会った無職の男・大西直人(綾野剛)。千葉の漁協にふらりと現れ、愛子(宮﨑あおい)と同棲を始める田代哲也(松山ケンイチ)。泉(広瀬すず)が沖縄の無人島で出会ったバックパッカー・田中信吾(森山未來)。
李相日監督インタビュー最終回は、その容疑者3人の描き方について伺いました。
■綾野剛が醸し出した“本物感”
――大西直人役の綾野剛さんは李監督の作品には初めての出演ですが、「演じるというのはある種の虚構ですが、スタートからカットまでの本番中はノンフィクションが写っているはず」と言っておられました。やはり役に入り込んでいるところはありましたか?
何を求められているかに対する彼なりの取り組み方だったとは思います。彼は本当にいろんなタイプの映画に出て幅の広い役をやっているので、じゃあこの『怒り』でこの役で、自分が求められるスタンスは何なのかっていう時に、いろんな話し合いをする中で彼が受け取ったのが、「ここでは“本物”になることが必要なんだな」ということだったと思うんですよね。
映画の中で人物が本当に生きていると感じさせる“本物感”というか、それが一番求められていることなんだと受け取った上での取り組みですね。それは妻夫木くんとの関係性においても、いかに本当の絆を生み出せるかっていうことを一生懸命考えてやってくれてたと思います。
――妻夫木さんと綾野さんは、実際に2人で暮らしたそうですね。
そうですね。
――容疑者の1人田中役には森山未來さんしかいないと最初から思われていましたか?
まあ、掴みどころがないですよね、彼は。掴みどころがない上に、何か両極端なものをひとつの人格が持っていると感じさせる。まあ実際はそうじゃないんだと思いますけど(笑)。そう思わせる、掴みきれない温度が魅力的ですよね。
外から見てて理由の分からないことでも、彼の中には得体の知れない衝動が確かに存在するんだという説得力を生むことが出来る俳優ですよね。否応なく納得してしまうんですよ。
■彼らが「抱えていたもの」をきちんと埋め込んでいった
――疑われる側の3人のうち2人は殺人犯ではありません。それを描くのは難しかったのでは?
いえ、それでも殺人の動機を巡る物語ではないですから。松山くんも綾野くんも森山くんもそれぞれ裏設定というか、彼らなりに自分の力じゃどうにもできない理不尽なことを抱え込んでいる。
生きてきた過程の中で、彼らが何を欲していて、何を手に入れられなくて、何を失ってきたのか…。つまるところ、三者三様にある怒りの根拠、抱えていたものを丁寧に見つけていくことですよね。
それをキャラクターの根幹にして、映像として出てきた時に、彼らがどう人との距離を計っているのか…他者に気持ちを開いているのか、それとも開いていないのかということなんですけどね。
――どうしてこういう人物になったのかに注目して描いていった?
そうですね。そこを考えて取っ掛かりにしていくと、疑わしく作為的に作る必要があまりなくなってくるんですよね。
――なるほど!
でも結果的に疑わしく見えるじゃないですか。
――見終わった後にそれぞれのキャラクターの人となりに納得がいき、本当にキャストの方々の力を感じました。人間というものについて考えされられることも多い作品で、肩入れするキャラクターも観客それぞれで違うと思いますが、監督は誰に観て欲しいというのはありますか?
たぶん誰でも思い当たるところはあるんじゃないですかね。誰にというより、ここに出てくるたくさんの感情のうちに当てはまる人であれば。当てはまらない人がいるのか!?って感じなんですけどね。
【李相日監督インタビュー(全4回)】
(1)宮﨑あおいが見せないけれど持っているモノとは?
(2)「怒り」李監督が広瀬すずに厳しかった理由
(3)妻夫木聡が『怒り』で魅せた怪演
(4)殺人犯を疑われる3人がそれぞれに抱える『怒り』
■『怒り』公開情報
2016年9月17日 全国ロードショー
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、
広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、
宮﨑あおい、妻夫木聡
音楽:坂本龍一
主題歌:坂本龍一 feat.2CELLOS
公式サイト:http://www.ikari-movie.com/