アカデミー受賞作だけど納得いかない物語がある 『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督

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3.11以降の日本を切り取ったという、作品の世界観を紐解くヒントが見えた前回のインタビュー。今回は、さらに作品の世界観を掴むため、それをどうストーリーに落とし込んでいったのか、より具体的にお聞きしました!

 

 

 

3.11以降、激動の時代に入った

―――3.11以前の日本を白い靄(もや)がかかったようだと仰っていましたが…3.11から5年を迎えて、その靄はいま、どんな様子ですか?

晴れどころか、うねりになって…透明な部分や濁った部分も出てきて…ムラが多いというイメージですね。ただ、じゃあ透明な方が正しいのか、濁った方が正しいのか、それはわからない。そのどちらにも人は住んでいて、どんどん敵味方にわかれていくような気がして。

 

これはこれで危険だけど、そこについて考えたり描いたりするフィールドは生まれたと思います。ここからの日本はしばらく注目していたいなと思います。ただ、同時に世界を見渡したときには、世界の方はもっと動いているので、両方を注視しなきゃいけないとは思うんですけど、そういう激動の時期に入ったんだなと思います。

 

 

―――そうした時代に生きる私たちは何をすべきなのでしょう?

日本もたくさんの問題を抱えているけど、世界もそれは同じで、これからどちらも救いようのない状態に入っていくのではないかと思います。これは前から予測されていましたけど、難民があふれかえるとか、いよいよ来たのかなって気もします。不可避的な議題として、これから、人の幸福って何なんだって考えていかなきゃいけないのかなと思います。

 

 

―――それは誰しもが知りたいものですね

金銭ベースで考えると、もうそこではないので、お金すら疑わないといけない。この作品にもお金に関しての描写は出てきますけど、そういうところも考察していきたいなと思います。

 

 

―――世界の問題といえば戦争ついてはどう思います?

いろいろな宗教だったり国だったりがありますけど、戦争って何かというと、国か宗教をよりどころにしていますが、原因って結局「経済」だと思うんですよね。お互いそこそこ問題ない暮らしをしていれば、戦争しようとは、あんまり考えないわけで、やっぱり不平等感とかが貯まってきて、それが噴き出す瞬間があって…さらに、けしかける人、わざとあおる人、それで儲けようという人、そういううねりの中で引き起こされる悲劇だと思います。

 

 

 

堕ちて落ち込むのは上から目線?

―――「リップヴァンウィンクルの花嫁」の主人公も混沌としたうねりにどんどん巻き込まれていきますね

そうですね。何の変哲のない女の子がいて、不思議の国のアリスじゃないですけど…ワンダーランドに飛び込んで、そこからどういう風になっていくのか、見かけ上はどんどん堕ちていきますが、ただ、それだけの話にはならないようになっています。

 

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―――どういうことでしょう?

昔から堕ちていく女性の話はあったと思うんですけど…そういうのを見ていて、ちょっとまやかしがあるなと感じているんです。堕ちるというのはとても絶望的ですけど、堕ちた先にも人は住んでいて、その人たちの世界があるんですよね。だから、単純に堕ちましたって話は失礼じゃないのかなって思うんです。例えば…インテリの人が一流企業から転落して堕ちて悲劇ぶっているというのとか。

 

 

―――たしかにそういう作品ありますね

ハリウッドってそういう作品がけっこう多いんですよ。例えば「つぐない」っていう映画があるんです。ある男が良い暮らしをしているんですが…ある日、女の嫉妬心から“この人にレイプされた!”って言われて刑務所に入れられて…そのまま戦争に連れていかれるんです。そこから主人公の男は戦争を体験していくんですけど、最後、レイプを訴えた女の子が後悔して「つぐない」っていう小説を書いたっていう希望のない話なんですよ。もちろん、それで堕ちた男は落ち込んでいるんです。まあそれはわかるんですけど、でも戦争中に周りの人を見たら、別に他のみんなも苦しんでいるじゃないかと。お前だけじゃないしっていうね。なに自分だけ特別意識を感じてるのっていうのがあって、見てられないんですよ。

 

 

―――キッカケはたしかに不幸だったけれど、その結果、墜ちた先で「自分だけが不幸だ、自分は本来、ココにいるハズじゃなかった」って言われてもね…たしかに…周りに居る人にとっては「おい、おい」って感じですよね(笑)

他にも「12イヤーズ・ア・スレイヴ」(邦題:「それでも夜は明ける」)っていう奴隷を題材にした作品があります。これは自由黒人として奴隷身分から解放されていたバイオリニストが、悪いヤツにハメられて奴隷商人に売られて、奴隷として過ごすんです。それで2時間ぐらいの作品の中で、延々と苦悩する様子が描かれているんですけど…でもちょっと待ってと…他の人も奴隷にされて苦しんでるじゃんと。

 

でも、そこから結局“俺は違う”って言って、それを聞いた人によって助けられるんですよ。それで“助かった”って泣いて出ていくんですけど、そのとき、そこで仲良くなった黒人の女の子が泣きながら“行かないで”って言うんですけど、見て無ぬふりして最後帰るんです。

 

 

―――奴隷の立場からみたらヒドいヤツですね

確かにこの男は気の毒なんですけど、でも、あの残った奴隷の人たちは一生そこに残るし…きみ、それを見捨てたよねって思うわけです。それで最後、字幕で“彼は生涯、奴隷解放運動に尽力した”って書かれて終わるんですけど、なんだよこのオチという。

 

 

 

堕ちてるんだけど昇ってる?

―――たしかに、そうつっこみたくなります

この作品は、確かアカデミー賞も獲っているんですよ。観る側ですらそれでいいと思っている。でも、堕ちる映画ってとっても失礼。あなたにとっては堕ちてるかもしれないけど、他の人たちにとっては、そこにその人たちの世界があるわけで…なので、そういう失礼なことはしたくないとは思いました。じゃあどういうのが良いのかなって考えたとき、一見堕ちてるなと思ったら昇ってないか?って、そういう風になれば良いのかなって。転落した先が魔界かと思ったら、いろんな妖精たちがいて、自分の人生では得られなかったいろんな体験だとか、人生観だとかを得ていく前向きなストーリーにできないかなと思って。

 

 

―――現代に生きるわたしたちにとって希望を感じる作品になりますね!

 

(1/4)『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督 夢を見られない時代の「不思議の国のアリス」

(2/4)『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督 アカデミー受賞作だけど納得いかない物語がある

 

 

 

■「リップヴァンウィンクルの花嫁」公開情報

*2016年3月26日(土)~全国ロードショー~

原作・脚本・監督:岩井俊二

出演:黒木華、綾野剛、Cocco ほか

エグゼクティブプロデューサー:杉田成道

配給:東映

公式サイト:http://rvw-bride.com/