大事な人を亡くした全ての人へ...『母と暮せば』企画:井上麻矢さん(3/4)
長崎の原爆で、この世に未練を残して逝った息子と、その喪失感にさまよう母の物語『母と暮せば』。今回は、山田洋次監督がこの作品に込めたテーマについて…制作過程の最前線で見守ってらした企画者・井上麻矢さんにお話を伺いました。
■山田洋次監督が『母と暮せば』のテーマにしたこととは?
———映画化にあたってどんな資料を参考にされたんですか?
山田監督は、当時のドキュメントはかなりの数を読んでらっしゃったみたいでした。あと、特に読んでらしたのが、『喪の途上にて』という本で、日航ジャンボ機墜落事故の遺族の方達の心情について書かれた内容のようでした。
———どんなことが書かれているんですか?
人は誰でも、大切な人の死をなかなか受け入れられない。それに至るにはいくつかの段階や工程を経なきゃいけないということが書いてあるんです。そこは『母と暮せば』にも現れています。例えば遺品というか、亡くなった人の服の切れ端だけでも残っていると、人は心の整理がついて、死を受け入れることができるみたいなんです。ただ、原爆で亡くなった方の多くは、一瞬の爆発によって何もかも失ってしまっているので、遺品を通じての心の別れができないんですよね。だから、原爆によって亡くなった方の遺族が、どうやってその死を受け入れるのかというのは、ものすごく難しくて大きなテーマなんです。
———劇中でも、母親が必死になって、息子の死を受け入れようとする場面が印象的でした
母のセリフで「せめてあの子の時計や万年筆が出てくれば」と言うシーンがあるんですけど、まさに同じ心境ですよね。
■最初のキャッチコピーは『大事な人を亡くした全ての人へ』だった
———井上さんも、お父様のことなど、心情がわかるところはありますか?
そうですね。そこは私も監督も大切な人を亡くした立場として『喪の途上にて』の心情はわかります。そして、わたしたちだけでなく、これは誰しもが直面するテーマだと思います。人はそういうとき、どう生きればいいのか、逆に自分が死んでしまったら大事な人に何を伝えたいのか、どう心が動くのかということは、映画の中では伝わればなと思いました。
———なかなかすぐに整理はつかないですよね
劇中でも、死んだ息子が目の前に現れたとき、母親が必死になって息子にいろいろ語り掛けるんですけど…あれは、だんだんと息子の死を受け入れ、乗り越えるための葛藤の姿なんですよね。そうしたこともあって、実は最初、映画のキャッチコピーは「大事な人を亡くした全ての人へ」というものだったんですよ。今思い返してもステキなキャッチコピーでした。
■あえて物語に山を作ろうとはしなかった
———大きな心情の揺れはあるものの、作品自体は落ち着いた雰囲気で淡々と描かれている印象を受けました
そうですね。監督もあえて、あんまり話に山を作ろうとはしていないようでした。山があるとしたら、息子・浩二の恋人だった町子さんが、浩二の母から「あなたは浩二のことは忘れて幸せになりなさい」と言われて、泣きながら去って行くところでしょうか。母だけじゃなく、恋人の町子にとっても葛藤なんですよね。そしてそれは本当に浩二と同じように亡くなられた人達の声でもあるのです。
———その後、町子の新しい恋人として現われる浅野忠信さんも良い味出していました
そうですね。町子が新しい人生を歩むキッカケとなる新しい恋人の黒田さんは、人柄が魅力的な人物ということで、あまりキリッとした二枚目だとイメージに合わないということで浅野さんになりました。もちろん浅野さんもカッコイイんですけど…優しさがにじみ出てる本当に良い味を出してくださいましたね。
―――浅野さんは『父と暮せば』の方にも出ているんですよね
はい。唯一『父と暮せば』の映画にも出て頂いています。なので舞台挨拶のときには「不思議な気持ち、得をした気持ち」と仰っていました(笑)。とても嬉しかったですね。
(1/4)『母と暮せば』企画 井上麻矢さん 山田洋次監督から「泉として見守って欲しい」と言われました
(2/4)『母と暮せば』企画 井上麻矢さん 原爆シーンをあれほど細かく表現している映像はない
(3/4)『母と暮せば』企画 井上麻矢さん 大事な人を亡くした全ての人へ…
(4/4)『母と暮せば』企画 井上麻矢さん 二宮和也さんは天才だと思います
■「母と暮せば」公開情報
*2015年2015年12月12日(土)~全国ロードショー~
監督:山田洋次
脚本:山田洋次、平松恵美子
音楽:坂本龍一
出演:吉永小百合、二宮和也、黒木華、浅野忠信、加藤健一
配給:松竹
公式サイト:http://hahatokuraseba.jp/